ケイコさん Lotus Salon店長  

ケイコさん

出身:大分県
NY暦:2年半


ケイコさんはLotus Salonの店長を任されている。彼女の腕のよさと人当たりの良さが口コミで広がり、ニューヨークで人気のサロンの一つ。そもそもケイコさんがニューヨークに来たきっかけは、 日本での忙しい美容師の生活に休息を入れるつもりだったとか。しかし、やはりというか、休息のつもりが新地ニューヨークで美容師として、新たなステップを築く事になった。好きだから続けたい。そろそろ美容院に行こうと思っている人、 NY-Cafe笠原は自信を持ってLotusをお勧めします。

『Lotus Salon』
住所:7 Prince St. New York, NY 10009
最寄の駅:N,RラインのPrince駅
電話:212-219-3293
ホームページ:
E-mail:





お洒落な通りにあるLotus

NYに来たきっかけを教えてください。

日本でもずっとヘアスタイリストをやっていました。 23 歳のときに独立し、フリーランスで雑誌やテレビの仕事などをしていました。好きでやっていたことだから苦ではなかったのですが、自分の時間など全く取れないくらい忙しい生活だったんです。それで疲れてしまって、以前に旅行できた事があった NY に半ば息抜きのような感じで学生としてやってきました。


どうやってNYのヘアサロンで働くことになったのか教えてください。

とても優しいケイコさんです。

NYに来てから最初の1年4ヶ月はハサミを握らなかったんです。働くつもりでNYに来たのではないので、意図的にそうしていました。でもそんな生活が続いて、何か物足りないような気がしたんです。そんなときに日系のスーパーマーケットで、“ヘアスタイリスト募集”の張り紙を見て、週一日でも良いとかいてあったので早速問い合わせてみました。そうしたら採用されて、毎日働くことになったんです。


いきなりお店を任されたのですか?


イタリア人の二人とミーティング。英語とイタリア語が飛び交っています。
はい。自分には日本での経験がありましたし、お店のオーナーは違うビジネスをやっていて、お店を任せられる人を探していたんです。お互いに、お互いが求めているものを持っていたんですね。それからは、朝は学校、昼から夜まで仕事という日が毎日続きました。


お客さんとコミュニケーションをよく取る事が大切だそうです。

そのお店の店長となって、顧客がたくさんついて、オーナーさんはなんと2店目を出されたんですね。今では2件のお店を切り盛りする店長になられて、話だけ聞くとなんだかとんとん拍子のようですが、ここまで来られた秘訣は何でしょうか? 

運が良かったんでしょう。オーナーと私はお互いに必要としているものを持っていて、それがマッチした。あと、今までの自分の生き方を考えてみると、無理しないで、自分のやりたいことに向かって進んできたといった感じです。ひとつのことにこだわり過ぎないで、流れに身を任せてやってきたと思います。


NYで仕事をすることに関してどのように感じていますか?

お客の多くはアメリカ人だそうです。

NYはとても好きです。形に縛られないし、世間体を気にせず自分のスタイルで生きていけるところだから。でも、日本も大好きなんです。自分は日本人だし、自分の育ったところだから。よく、日本で暮らすのと、NYで暮らすのとはどちらが好きかと質問されますが、全く違う二つのものを比べることなんで出来ません。また、だからと言ってNYに特別な思い入れはないんです。仕事をするのに絶対にNYでなくてはいけないわけではありません。逆にいうと、自分の仕事が自分らしく出来るところなら、世界中どこでもかまわないんです。ただ、NYに来てから良く笑うようになりました。昔の私を知っている人からはそう言われます。日本にいるときは無我夢中で笑うことなんてありませんでしたから。






店内はシンプルで落ち着きます。
NY にいると色々な人種の方も来られると思いますが、それぞれ好みや髪質も違って大変ではないですか?
日本にいたときは基本的に日本人の髪の毛しか扱う事がなかったので、こちらに来てから色々な人を相手にして、経験を積みました。日本でしなかった経験をするのは楽しいです。また、どんな髪型にしたいかのイメージは相手ときちんと分かり合えるまで何度も話し合います。プロですから失敗は許されません。

こちらの店舗では、イタリア人のスタッフが二人いらっしゃいますが、コミュニケーションはどのようにとっていますか?


気さくでユーモアたっぷりのケイコさん

基本的に英語ですが、彼らはイタリア語と混ぜてよく会話をしているので、私もイタリア語が結構分かるようになりました。日本語、英語、イタリア語が全部使えれば面白くなりますよね。


取材を終えて:

様々な国籍、文化を持った人達とコミュニケーションし、彼女自身も学びながらプロのサービスを提供するというのは、人種の坩堝NYで働き生活する彼女ならではの生き方ではないでしょうか。
運が良かったと言っていたけれど、その運をつかむにはそれなりの経験と努力があったから。けれど、彼女も言っていたとおり、もし初めから、「必ずNYで店2件の店長として成功して見せる」なんて意気込んでいたとしたら、肩に力が入りすぎていて上手く行かなかったかもしれません。もしこの仕事をしていなかったら何をしていたと思いますかと言う質問に対して、自分はこの仕事を愛しているし、これしか知らないし、他の仕事なんて考えられない、場所は違っても結局はどこかで同じようなことをしていたと思います、と答えてくれました。そこからNYと言う場所にとらわれず、流れに身を任せ、あくまでも自分のやりたいことにこだわる姿勢は、今までもこれからもの彼女の可能性を広げていくのでしょう。(文/写真:笠原)